木走日記:『覚えておきたい朝日社説の素晴らしいテクニック』 より

木走日記 2006-01-05
覚えておきたい朝日社説の素晴らしいテクニック より
http://d.hatena.ne.jp/kibashiri/20060105
■[メディア]覚えておきたい朝日社説の素晴らしいテクニック〜ばらばらの発言をひとつの鍵かっこでくくる職人技 12:40

 小泉総理大臣が年頭記者会見でぶちかましてくれました。
 うーん、正月早々「靖国問題」ですかあ。
 早速、朝日と産経が仲良く今日(5日)の社説にまで取り上げて元気いっぱいそれぞれ180度違う自己主張をしております。(苦笑)

【朝日社説】首相年頭会見 私たちこそ理解できぬ
http://www.asahi.com/paper/editorial.html
【産経社説】首相年頭会見 中韓の対応批判は当然だ
http://www.sankei.co.jp/news/editoria.htm

 ・・・
 しかしなあ、朝日と産経は本当に『靖国問題』を社説に取り上げるのが好きなのでありますねえ。
 で、今日はこの朝日社説を取り上げてみたいと思います。

●「これほど理解力が足りない人」と小泉首相を社説冒頭からこき下ろす朝日社説

首相年頭会見 私たちこそ理解できぬ
 これほど理解力が足りない人が、内閣総理大臣を続けていたのだろうか。そう思いたくもなるような光景だった。
 年頭の記者会見で、小泉首相は自らの靖国神社参拝に対する内外の批判について、5回も「理解できない」を繰り返した。
 「一国の首相が、一政治家として一国民として戦没者に感謝と敬意を捧(ささ)げる。精神の自由、心の問題について、政治が関与することを嫌う言論人、知識人が批判することは理解できない。まして外国政府が介入して、外交問題にしようとする姿勢も理解できない」
 理解できない言論人、知識人とは、新聞の社説も念頭に置いてのことだろう。全国の新聞のほとんどが参拝をやめるよう求めている。「理解できない」と口をとがらせるよりも、少しは「言論人」らの意見にも耳を傾けてはどうか。
 首相は、日本を代表する立場にある。一政治家でも一国民でもない。私的な心情や感懐より公的な配慮が優先することは言うまでもない。
 私たちは、一般の国民が戦争で亡くなった兵士を弔うために靖国に参る気持ちは理解できると繰り返し指摘してきた。
 一方で、戦争の指導者であるA級戦犯をまつる靖国神社に首相が参ることに対しては、国民にも違和感を抱く人は少なくない。まして侵略を受けた中国や、植民地だった韓国に快く思わない人が多いのは当然だとも考える。
 言論人や知識人の多くが首相の参拝に反対するのは、こうした理由からだ。
 会見の次のくだりも理解しがたい。
 「靖国の問題は外交問題にしない方がいい。私は交渉の扉を閉じたことは一度もない。一つの問題があるから中韓が会談の道を閉ざすのはあってはならない」
 首相は忘れたのだろうか。靖国参拝が「外交問題」になったのは、首相自身が01年の自民党総裁選の公約に「毎年8月15日の参拝」を掲げ、「心の問題」を政治の問題にしたからだ。日本遺族会の支持を得る狙いだったはずだ。
 中韓の反発などで、結果として終戦記念日の参拝はしていないものの、今度は毎年1回の参拝が信念だと譲らない。自ら火種を持ち込んでおきながら相手を批判し、「外交問題にしない方がいい」と説くのはいかにも身勝手である。
 深刻なのは、9月に首相が任期を終えた後も、こうした事態が続く可能性があることだ。
 たとえば、ポスト小泉と目される一人、安倍晋三氏は、官房長官に就く前に月刊誌にたびたび登場し、「だれがリーダーとなったとしても、国のために尊い命を犠牲にした人たちのために手を合わせることは、指導者としての責務だと思う」と首相の参拝を強く支持してきた。
 次の首相を選ぶ自民党総裁選が控えている。荒れ果ててしまったアジア外交をどう立て直すのか。その具体策こそが問われるべきであるのは、だれにでも理解できることだ。
【社説】2006年01月05日(木曜日)付 朝日新聞社
http://www.asahi.com/paper/editorial.html

 うーむ、社説冒頭の「これほど理解力が足りない人が、内閣総理大臣を続けていたのだろうか。」とは、一介の個人ブロガーの木走を持ってしても、一国の首相に対してあまり表現できないきつい言い回し(苦笑)でありますが、興味深かったのは次の指摘であります。

 年頭の記者会見で、小泉首相は自らの靖国神社参拝に対する内外の批判について、5回も「理解できない」を繰り返した。
 ・・・

 ほほう5回も「理解できない」と言ったのですか。

 朝日社説によれば、首相の発言は以下の通りであります。

 「一国の首相が、一政治家として一国民として戦没者に感謝と敬意を捧(ささ)げる。精神の自由、心の問題について、政治が関与することを嫌う言論人、知識人が批判することは理解できない。まして外国政府が介入して、外交問題にしようとする姿勢も理解できない」

 これ本当に首相の発言そのものなのかなあ。

 小泉首相は本当は何が理解できないと5回も言ったのでしょうか。

 すごく細かい点で恐縮なのですが、猛烈に検証してみたくなりました。


●朝日社説を徹底検証する〜 5回の「理解できない」発言を部分引用して切り張りして、あたかも一つのつながった発言に加工する職人技を見よ!!
 で、便利な世の中になったものでありまして、『首相官邸サイト』を参照すれば、記者会見の公式な発言内容が一言一句確認できるのであります。

小泉総理大臣年頭記者会見 平成18年1月4日
http://www.kantei.go.jp/jp/koizumispeech/2006/01/04press.html

 で、問題の5カ所の「理解できない」発言が飛び出した質疑応答は以下のやり取りであります。(文中太字は木走付記)

【質問】 中韓両国首脳の相互訪問が途絶える中、残りの任期中、小泉政権として、この両国関係の改善に取り組む考えがあるかどうか、一般論としてではなくて、総理として何ができるかという具体論としてのお考えがあれば、お聞かせください。

【小泉総理】 私は、就任以来、日本の外交の基本、そして日本経済の基本といいますか、日本が平和のうちに発展・繁栄を遂げるためには、日米同盟、国際協調、この基本方針の下に日本は外交問題に対処していくという方針を掲げてまいりました。これは、今も変わりありません。

 過日、ブッシュ大統領が訪問された際、11月ですが、京都で会談した際、私は日米同盟がしっかりしたものであればあるほど、各国との協力関係もうまくいくんだと。日米同盟というもの、日米関係というものを多少悪くしても、ほかの国で補うという考えは取らない方がいいと発言しました。

 この発言をとらえて、一部の報道に、日米関係さえよければ、あとの国はどうでもいいという誠に誤解といいますか、曲解といいますか、偏見に満ちた報道がなされましたけれども、そうは言っていないんです。各国とも協力関係を進めていく。しかし、その基本は日米関係。これはしっかりしたものにしていかなければならないということを言っているわけであります。

 日米関係は、他の国との関係よりも特別重い意味を持っております。なぜなら、平和でなくしてはあらゆる施策が進展いたしません。この平和、安全保障の面において日本はアメリカと安保条約を結んでおります。これは普段は気が付かないと思いますけれども、日本が他国の脅迫とか侵略に怯えない、国内の政策を平和のうちに進めていく上において、最も重要なものなんです。日本への攻撃、侵略は自分の国への侵略、攻撃とみなすと言っている国は世界の中でアメリカしかないんです。他の国が、日本への攻撃、日本への侵略は自分の国への攻撃とみなす国はほかにどこにもないんです。そういうことを考えて判断していただければ、日米関係がいかに重要かおわかりいただけると思います。その上で、私は中国とも、韓国とも、アジア諸国とも、世界各国とも、協力関係を進めていこうということであります。

 そして、中国の問題、韓国の問題、靖国の問題で首脳交流が進んでいないという御質問だと思いますが、私はこの靖国の参拝の問題は外交問題にはしない方がいいと思っています。一国の首相が一政治家として一国民として戦没者に対して感謝と敬意を捧げる。哀悼の念を持って靖国神社に参拝する。二度と戦争を起こしてはいけないということが、日本人から、おかしいとか、いけないとかいう批判が、私はいまだに理解できません。まして外国の政府が一政治家の心の問題に対して、靖国参拝はけしからぬということも理解できないんです。精神の自由、心の問題。この問題について、政治が関与することを嫌う言論人、知識人が、私の靖国参拝を批判することも理解できません。まして外国政府がそのような心の問題にまで介入して外交問題にしようとする、その姿勢も理解できません。精神の自由、心の問題、これは誰も侵すことのできない憲法に保障されたものであります。

 そういうことから、私は一つの問題が自分たちと意見が違うから外交交渉はしないとか、首脳会談を開かないということについては、私はいまだに理解できません。私は中国とも韓国とも友好関係を促進していくという日中、日韓友好論者です。現に、私が総理大臣に就任して、中国とも、韓国とも、いまだかつてないような経済交流、人的交流が盛んになっております。相互依存関係はますます深まっております。こういう関係を更に発展させていこうという強い気持ちを持っておりますし、私は中国側とも韓国側とも交渉の扉を閉じたことは一度もありません。常に開けておりますし、率直に、友好裏に、さまざまな問題の話し合いを進めて、何か一つの問題で意見の違いがあったら、あるいは対立があったら、それを乗り越えていく努力が必要ではないかと思っておりますし、そのような姿勢は今後も堅持していきたいと思っております。

 なるほど、確かに5カ所で小泉首相は「理解できない」発言をしておりました。

 で、前後の文章から、小泉首相が「理解できない」とした点は以下の5点であることがわかります。発言をそのまま抜粋いたしましょう。

【1点目】
「一国の首相が一政治家として一国民として戦没者に対して感謝と敬意を捧げる。哀悼の念を持って靖国神社に参拝する。二度と戦争を起こしてはいけないということが、日本人から、おかしいとか、いけないとかいう批判」
【2点目】
「まして外国の政府が一政治家の心の問題に対して、靖国参拝はけしからぬということ」
【3点目】
「精神の自由、心の問題。この問題について、政治が関与することを嫌う言論人、知識人が、私の靖国参拝を批判すること」
【4点目】
「まして外国政府がそのような心の問題にまで介入して外交問題にしようとする、その姿勢」
【5点目】
「一つの問題が自分たちと意見が違うから外交交渉はしないとか、首脳会談を開かないということ」

 で、朝日が小泉発言として社説で引用した文章と、実際の発言を正確に比較検証してみます。

【朝日社説の小泉発言とされた引用部分】
 「一国の首相が、一政治家として一国民として戦没者に感謝と敬意を捧(ささ)げる。精神の自由、心の問題について、政治が関与することを嫌う言論人、知識人が批判することは理解できない。まして外国政府が介入して、外交問題にしようとする姿勢も理解できない」

【実際の発言内容】(太字は朝日社説に引用された部分)
「一国の首相が一政治家として一国民として戦没者に対して感謝と敬意を捧げる。哀悼の念を持って靖国神社に参拝する。二度と戦争を起こしてはいけないということが、日本人から、おかしいとか、いけないとかいう批判」
「まして外国の政府が一政治家の心の問題に対して、靖国参拝はけしからぬということ」
「精神の自由、心の問題。この問題について、政治が関与することを嫌う言論人、知識人が、私の靖国参拝を批判すること」
「まして外国政府がそのような心の問題にまで介入して外交問題にしようとする、その姿勢」
「一つの問題が自分たちと意見が違うから外交交渉はしないとか、首脳会談を開かないということ」
 ・・・

 うーん、これは見事な発言の引用ですね。
 5回の「理解できない」発言を部分引用して切り張りして、あたかも一つのつながった発言に加工しているわけであります。
 職人技であります(苦笑)

●つぎはぎだらけの発言引用をひとつの鍵かっこでくくるマスメディアの素晴らしいテクニックを覚えておこう

 しかし、ここまで複数の発言を継ぎ足して一つの発言として鍵かっこでくくるのは、どうなんでしょうか。
 今回の発言だって正確には以下のように表記しなければおかしいのでしょう。

 「一国の首相が、一政治家として一国民として戦没者に感謝と敬意を捧(ささ)げる。」「精神の自由、心の問題について、政治が関与することを嫌う言論人、知識人が批判すること」「は理解できない。」「まして外国政府が介入して、外交問題にしようとする姿勢」「も理解できない」

 こんなことで目くじら立てるのも大人げないのかも知れませんが、発言の文脈が正確に要約されていればまだよいのですが、例えば今回の発言でも小泉首相が特に力説していた「二度と戦争を起こしてはいけないということが、日本人から、おかしいとか、いけないとかいう批判」部分がすっぽり割愛されていて引用されていないのは、これはどうなんでしょうか。

 これでは「引用」ではなく一種の「作文」なのでありませんか。
 ・・・

 いや細かい検証で恐縮でありますが、この朝日社説の小泉発言引用部分はメディアリテラシーの素晴らしい教材であります。
 別に朝日だけではないのですが、この発言者の都合のいい部分だけ抜粋引用して自分に都合のいい発言に「加工」する素晴らしいマスメディアのテクニックには、私たち読者は十分に注意が必要なのであります。
 読者のみなさん、つぎはぎだらけの発言引用をひとつの鍵かっこでくくるマスメディアの素晴らしいこのテクニックを覚えておきましょうネ。
(木走まさみず)